山梨県が産んだ名野球選手

山梨県出身の有名人の一人として堀内恒夫をあげることができます。堀内恒夫は、1948年生まれで山梨県甲府市出身です。小学生の時に右手の人差し指をうどんの製作機に挟まれて、1cm程度切断する事故がありました。しかしながら、そのことが後に彼の大きなドロップカーブを生み出すことにつながりました。高校は甲府商業に入学し、1年生の時からレギュラー選手となり、高校は山梨県代表となりました。1965年にはドラフトの1位で巨人に入団し、1年目から一軍の選手となり、開幕13連勝などすばらしい記録を達成しました。その結果、新人王、沢村賞などのタイトルを獲得しました。堀内の背番号は入団時は21でしたが、翌年からはエースナンバーの18をつけることになりました。堀内は13年連続で2桁の勝利をあげて、巨人のV9のエースとして活躍しました。1983年に現役を引退し、巨人のコーチ、評論家を経て、2003年巨人の監督となりました。堀内は2010年の参議院議員選挙に自由民主党から比例代表で立候補しました。選挙の結果、次点で落選しました。しかしながら、2013年に現職の議員の死去に伴い繰り上げ当選し、参議院議員となりました。